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東京地方裁判所 平成2年(行ウ)67号 判決

原告

徐誠堂

右訴訟代理人弁護士

神山祐輔

深田正人

堀哲郎

被告

法務大臣

梶山静六

右指定代理人

若狭勝

外八名

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対して平成二年三月二九日付けでした在留資格変更不許可処分を取り消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

主文と同旨

(本案に対する答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三七年三月三日、中国(台湾)において出生した中国籍を有する外国人であるが、昭和六二年一一月二五日、東京入国管理局成田支局入国審査官から、出入国管理及び難民認定法(平成元年法律第七九号による改正前のもの。以下「法」という。)四条一項四号に該当する者としての在留資格及び九〇日の在留期間の決定を受けて、上陸を許可され、本邦に入国した。

2  原告は、昭和六三年二月六日に、日本語の修得等を目的として、被告から、法四条一項一六号、出入国管理及び難民認定法施行規則(平成二年法務省令第一五号による改正前のもの。以下「法施行規則」という。)二条三号に該当する者としての在留資格(以下「在留資格四―一―一六―三」という。)への変更許可(在留期間六月)を受け、さらに、その後三度にわたって、被告から、在留期間更新許可(いずれも在留期間六月、最終在留期限平成二年二月六日)を受けた。

3  原告は、平成二年一月二五日、被告に対し、養父早苗一雄(以下「早苗」という。)との養子縁組(平成元年一〇月一一日養子縁組届出)を理由として、法四条一項一六号、法施行規則二条一号に該当する者としての在留資格(以下「在留資格四―一―一六―一」という。)への在留資格変更許可申請(以下「本件申請」という。)をした。これに対し、被告は、同年三月二九日付けで「資格変更を許可するに足る相当の理由が認められない。」として本件申請を不許可(以下「本件不許可処分」という。)とした。

なお、原告は、本件不許可処分を受けたことから、平成二年四月一三日、被告に対し、在留期間更新許可申請をし、同日、被告より出国準備期間として、在留期間を三月(在留期限平成二年五月六日)とする更新を許可された。

4  しかしながら、本件不許可処分は、次のとおり違法であるからその取消しを求める。

(一) 原告は、昭和六三年四月ころより、工務店を経営する早苗のもとにアルバイトに行ったり、遊びに行ったりするようになり、平成元年二月末ころからは同人と同居するようになった。早苗は、昭和五九年に中国(台湾)人と婚姻し、同じ時期に原告の実父と知り合っていたことから、原告が早苗のもとにアルバイト等に行くようになったものである。

(二) ところで、早苗は、子供がなく、高齢でもあって老後の生活に不安があったことから、日本人の養子を迎えようと努力していたが奏効しなかったところ、原告と同居し、その性格、仕事ぶりをみて、原告を養子にして自己の老後の生活を託したいと考えるようになり、平成元年一〇月一一日、原告との養子縁組の届出をした。

(三) 早苗は、原告に自己の経営する工務店を継がせるべく、仕事を教え込んだ結果、現在では、原告は、早苗の経営する工務店の実質的責任者となり、早苗にとってなくてはならない存在となった。また、それにもまして二人の間は親子のきずなで固く結ばれており、お互いになくてはならない存在である。

(四) しかし、原告の在留資格四―一―一六―三では長期間日本に滞在することができないため、原告は、本件申請に及んだものである。

(五) 右のような事情があるにもかかわらず、本件申請を不許可とした本件不許可処分は、憲法一三条が保障する幸福追求権、とりわけ人間として最も基本的な親子の情愛を全く無視するものであるから、被告が裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用してしたものとして違法である。

二  被告の本案前の主張

法は、本邦に上陸しようとする外国人は、有効な旅券、査証を有し、上陸申請を行い、入国審査官の審査を受け(法六条)、上陸の条件に適合していると認められた上で(法七条)上陸許可の証印を受け、再入国許可を受けている場合及び難民旅行証明書を所持している場合を除いて、在留資格及び在留期間を決定されなければならない(法九条一項、三項)旨規定している。このような規定の仕方からみると、外国人が、再入国許可を受けることなく難民旅行証明書も所持しないで、出国した場合には、当該外国人が出国前に有していた在留資格及び在留期間は喪失するものと解される。

しかして、原告は、平成二年五月六日、再入国許可を受けることなく本邦から出国し、これによりそれまで有していた在留資格、在留期間を喪失したものであるから、仮に、本件不許可処分が判決により取り消されたとしても、被告としてはおよそ将来本件申請に基づく在留資格変更許可処分をする余地が存しないこととなるから、本件訴えは、訴えの利益を欠く不適法なものとして却下されるべきである。

三  被告の本案前の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の本案前の主張のうち、原告が平成二年五月六日に本邦から出国したことは認め、その余は争う。

2  被告は、原告が既に本邦から出国していることを理由に訴えの利益がない旨主張するが、原告が出国したのは、次のとおり已むを得ざる事情によるものである。

すなわち、原告は、本件不許可処分後、在留期限が平成二年五月六日までとされ、これを経過して本邦に留まれば、不法残留者として退去強制処分ないしは刑事罰を受けるという著しい不利益を被る可能性があり、右不利益を避けるためにいわば緊急避難的に出国せざるを得なかったのである。かかる事情のもとで出国した者に対し、本邦に残留していないという一事をもって訴えの利益を否定するならば、原告としては、退去強制処分ないしは刑事罰を受けることを覚悟して不法に本邦に残留した上で訴訟を維持せざるを得ないことになり、実質上裁判を受ける権利を奪われるに等しいことになる。

また、仮に原告が右の危険を覚悟の上で本邦に残留したとしても、被告としては退去強制令書を執行してしまえば、訴えの利益を失わせることができるという極めて不合理な結果をもたらすことになる。

したがって、本件においては、本邦に残留しているか否かにかかわらず、原告には当然に訴えの利益が認められるべきである。

3  本件申請は、当然のこととして、在留資格四―一―一六―一の新たな取得申請を伴うものであるから、被告は、本件申請を判断するに当たっては、原告について新たに在留資格四―一―一六―一を付与すべきか否かを判断することとなる。

そこで、本件不許可処分が判決により取り消された場合には、被告は、改めて原告に対し新たな在留資格を付与することが相当か否かを判断し、付与が相当と判断した場合には、原告にこれを告知するなどして、原告に対して新たな在留資格取得に必要な諸手続を履践する機会を与え、原告が右諸手続を履践した場合には、新たな在留資格を付与するべきであって、被告においてかかる措置をとることは優に可能というべきである。

すなわち、平成元年法律第七九号による改正後の出入国管理及び難民認定法(以下「現行法」という。)は、上陸審査基準の明確化と手続の簡易・迅速化を目的として、入国に先立って本人又は代理人の申請があれば、事前に在留資格の認定が受けられる制度を導入し、予め上陸を認めるための条件に適合していることを証明する「在留資格認定証明書」を交付することができることとしている(現行法七条の二)。かかる制度の導入は、在留資格の取得若しくはその変更が、当該申請人が必ずしも適法に入国していることを必要不可欠の条件としてはいないことを当然の前提としていることは疑いのないところである。

よって、原告が本邦から出国しても、原告には本件不許可処分の取消しを求める訴えの利益があるというべきである。

四  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1ないし3は認める。

2  同4について、(一)は不知。(二)のうち、平成元年一〇月一一日早苗と原告とが養子縁組の届出をしたことは認め、その余は不知。(三)は不知。(四)は認める。(五)は争う。

3  原告は、本件処分が違法である旨主張するが、右主張は以下のとおり失当である。

(一) 外国人の入国及び滞在の許否は、当該国家が自由に決し得るものであって、条約による特別の取決めがない限り、国家は外国人の入国又は在留を許可する義務を負うものではないというのが国際慣習法上の原則である。そして、法は、本邦に在留する外国人は、法一三条から一八条の二までに規定する上陸の許可を受けている場合を除き、それぞれ、当該外国人に対する上陸許可若しくは当該外国人の取得に係る在留資格又はそれらの変更に係る在留資格をもって在留するものと定め(法一九条一項)、その在留資格の変更は、法務大臣がこれを適当と認めるに足りる相当の理由があると判断した場合に限り許可することとしている(法二〇条一項、三項)から、法においても、在留資格の変更が権利として保障されているものでないことは明らかである。

(二) 法が、在留資格変更申請について、被告がこれを適当と認めるに足りる相当の理由があると判断した場合に限り許可することとしているのは、被告に、当該外国人の在留資格変更の必要性、相当性等を審査させて在留の許否を決定させようとする趣旨に出たものであり、在留資格変更の判断基準が特に定められていないのは、在留資格変更事由の有無の判断を被告の裁量に委ね、その裁量権の範囲を広範なものとする趣旨からである。したがって、在留資格の変更の許否についての処分が違法となるのは、法の認める裁量権の範囲を越え又はその濫用があった場合に限られるのであり、さらに、右裁量権の性質上、違法とされるのは処分に係る判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限るというべきである。

(三) このことは、日本人養父との養子縁組を理由とする在留資格四―一―一六―一への在留資格変更の許否を決定する場合も同様であり、外国人が日本人の養子になれば必ずその変更が許可されるのものではなく、その変更の許否は、もっぱら被告の裁量によるものである。すなわち、養子縁組を理由とする在留資格変更許可申請の場合にも、養子縁組制度の理念や外国人の出入国及び在留等のいわゆる出入国管理行政上の見地からその必要性及び相当性を総合的に判断して許否を決定する必要があり、当該外国人の本邦への上陸の目的、その後の行状はもちろん、養子となるに至った目的・動機及び経過、養子の年齢並びに養親の婚姻状況、養親、その配偶者及び実子の年齢、養子縁組の経緯、養子縁組が未成年のうちになされているか否か、養子の扶養能力の有無、同居の有無、国益や外交関係等を総合的に判断し、許否を決定しているのである。

(四) 以上の点を本件についてみると、原告は、平成二年一月一五日養子縁組を理由として本件申請を行ったものであるが、被告においてこれを審査したところ、原告を早苗の養子とする縁組届出が平成元年一〇月一一日になされているものの、当時原告は二七歳に達していたほか、養親である早苗は四九歳で、同年一一月一四日に婚姻した四五歳の中国(台湾)人妻がいること等から、被告は、在留資格の変更を許可するのが適当と認めるに足りる相当の理由があるものとは認められないと判断して、本件不許可処分をしたものであって、本件不許可処分が被告の裁量権の範囲内の適法な処分であることは明らかである。

五  被告の主張に対する原告の認否

すべて争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一被告の本案前の主張について

1  請求原因1ないし3の事実及び原告が平成二年五月六日に本邦から出国したことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、原告は、右出国の際、再入国許可を受けておらず、難民旅行証明書も所持していなかったことが認められる。

2  被告は、原告が本邦から出国したことによりそれまで有していた在留資格、在留期間を喪失し、仮に本件不許可処分が判決により取り消されたとしても、被告としてはおよそ将来本件申請に基づく在留資格変更許可処分をする余地が存しないから、本件訴えは、その利益を欠き不適法であると主張するので、まずこの主張について検討する。

一般に、在留資格変更不許可処分が判決によって違法であるとして取り消され、その判決が確定した場合、被告は、改めて在留資格変更許可申請に対する判断をしなければならないこととなり、原告には、右申請に対する新たな判断において申請どおりの処分を得る可能性が回復されるという法的な利益があるのであって、このような法的な利益の存在が在留資格変更不許可処分取消しの訴えの法律上の利益を基礎付けるものと理解することができる。

ところで、在留資格は、外国人が本邦において一定の活動を行うことができる者あるいは一定の身分状態を有する者として本邦に入国し在留することを認められる法的資格であり(法四条一項)、上陸申請手続において、入国審査官の審査を受けた上、上陸許可に際して在留期間とともに決定されるものである(法六条二項、七条、九条一項、三項)。したがって、在留資格は、外国人が本邦に上陸する際備えなければならない資格であるとともに、外国人が本邦に在留している事実を前提とした上で、一定の活動あるいは身分状態の範囲においてその在留を法的に許容するものであるということができる。このような在留資格の法的性格からすれば、本邦外にある外国人に対して在留資格を付与する余地はなく、また、一旦在留資格を付与された外国人であっても出国により本邦に在留している事実がなくなった場合には、再入国許可を受けている等の例外的な場合を除き、在留資格及び在留期間は当然に消滅することとなる。

しかるところ、在留資格変更許可申請は、在留資格の付与を受けて本邦に在留する外国人が現に有する在留資格とは異なる在留資格をもって本邦に引き続き在留するため、在留資格の変更を求める申請であるが、原告は、右1のとおり、本件申請後の平成二年五月六日に本邦から出国してしまったのであるから、これにより、現に有する在留資格は当然に消滅して在留資格変更の前提である在留資格が失われ、仮に本件不許可処分が判決により違法であるとして取り消されたとしても、被告において改めて本件申請に対する許可をする余地はなくなったものといわざるを得ない。

そうすると、本件訴えは、原告の出国により、その法律上の利益が消滅するに至ったものというべきである。

3  これに対して、原告は、原告の出国は、不法残留者として退去強制処分ないし刑事罰を受けるという著しい不利益を回避するという已むを得ざる事情によるものであるから、訴えの利益は認められるべきであると主張するが、原告主張の不利益が現に切迫したものであったとはいい難いのみならず、出国の動機いかんが、右2の判断を左右するものではないから、右主張は失当である。

4  また、原告は、本件不許可処分が判決により取り消され、被告が改めて原告に対して新たな在留資格を付与することを相当と判断した場合には、原告が在留資格取得に必要な諸手続を履践すれば、被告は、原告に新たな在留資格を付与すべきであって、かかる措置を採ることが可能であることは、現行法が導入した在留資格認定証明書制度において、本邦に入国していない外国人にも在留資格の取得又は変更が可能であることを前提としていることからも明らかであるので、原告には本件不許可処分の取消しを求める訴えの利益があると主張する。

しかしながら、行政事件訴訟法三三条二項によれば、申請を却下し又は棄却した処分が判決により取り消されたときは、その処分をした行政庁は、判決の趣旨に従い、改めて申請に対する処分をしなければならないが、この場合に、行政庁が改めて行う処分は、当該取消訴訟に係る申請に対するものであり、本件処分が判決により取り消されたとしても、被告は、それによって法的には、原告がする新たな申請に対して判断をするに当たりいかなる拘束も受けるものではない。

また、現行法の在留資格認定証明書制度は、法の在留資格証明書の制度(法四条三項)を拡充発展させたものであると解されるが、本邦に上陸しようとする外国人の上陸前の申請に基づき、法務大臣が、当該外国人により申請された活動が虚偽のものではなく、在留資格について現行法別表第一に記載された活動に該当すること等を証明する文書(在留資格認定証明書)を交付することによって、新規に上陸許可を受ける外国人の便宜も考慮して上陸申請時における審査手続の簡易・迅速化を図ったにすぎないものであるから、在留資格認定証明書制度があるからといって、本邦に在留しない外国人に対し、在留資格の取得や変更を認めたものと解し得ないことは明らかである。

したがって、原告の右主張は理由がない。

二よって、本件訴えは、不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鈴木康之 裁判官石原直樹 裁判官深山卓也)

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